第26回 写真『ひとつぼ展』審査会レポート
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第26回写真『ひとつぼ展』
公開二次審査会 REPORT
「もっと自由に展示したいと思った」グランプリは
前代未聞の本棚にアルバム100冊を展示した作品
■日時 2006年4月7日(金)18:00〜20:30
■会場 リクルートGINZA7ビル セミナールーム
■審査員
大迫修三(クリエイションギャラリーG8)
〈50音順・敬称略〉
■出品者
〈50音順・敬称略〉
■会期 2006年4月3日(月)〜4月20日(木)
「切実な写真が多く緊張感があった」「個のイメージを感じる写真」
第26回写真『ひとつぼ展』の公開二次審査会場は、立ち見を含めた一般見学者で超満員に膨れ上がっている。一人ひとりの熱い視線を受けて、この後のプレゼンテーションを前に緊張した顔で入場する出品者10名。それに続いて5名の審査員が会場へと入り、いよいよグランプリを決定する公開審査が始まった。10人のうち、一年後に個展を開催することができるのは誰か。まずは、出品者本人によるプレゼンテーションの概略を以下に紹介する。
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須藤
街の中にありふれた日常的な光景の写真と、時間を同じくして違う場所に存在する非日常的な光景を撮った写真を組み合わせて展示した。多くの人にとって一方に遭遇している時は、もう一方のことを忘れがちになる。まったく二つの違う光景が同じ時間に存在することを写真で表現したいと思った。
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矢吹
私は無宗教者だが、人が侵す罪を考えると何だろうと思う。自分を含めた人間をもっと理解したくなって写真に撮っている。イエスやマリア像などを含めた人物写真のコラージュは、それをストレートに表現したもの。すべてを並列に見せたくて一枚出力にこだわった。今後も人間を撮り続けていきたい。
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頭山
私の存在を証明するものとして撮った自分の手。他者との関わりを記録したくて撮った母子。この2点の写真は、存在を残すということをテーマにした作品。このような写真を撮りはじめたきっかけは、2年前に友人が亡くなってから。その存在を忘れてしまうのが嫌で、私はいっぱい写真に収めていきたい。
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金川
あるモチーフの存在はわかるが、それが何かを突きとめたくなる写真。モチーフを説明することには意味がない。今回の展示写真のテーマは、ある連続する状態を切断するものを狙った。これを自分では「寸止め表現」と名付けた。この写真を何だろうと感じてもらい、そんな世界を私自身も面白がりたい。
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青木
一見何でもないように見える風景の中に、足がすくんだり、大地に吸い込まれるような感覚におそわれる時がある。私はそんな風景と出会ったとき、シャッターを切る。その土地や季節によって違った風景が私をおそってくるし、表現も変わる。今回の展示作品は北海道を4日間旅行した時に撮った写真。
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うつ
綺麗なものを見てみたいという一心で写真を撮っている。私が撮りためたものをすべて展示するには、一坪の平面では足りないと思った。そこで、100冊のアルバムに写真を入れて本棚に飾り、めくって見てもらう展示方法を考えた。そうすることで、私の頭の中のイメージまで伝えることを狙った。
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森川
ポートフォリオとは違ったカタチで見てもらう展示にしたいと思った。撮りためた写真を一枚一枚列並べては変えながら一枚仕立ての作品にして展示した。写真の配置には相当こだわっている。本当は出力したかったが、大きさもあって切り貼りというカタチになった。チグハグでもいいから、個人的なものになればと思い制作した。
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藤井
ヒラヒラしたものや薄いものが好き。それでオブラートというタイトルで写真を撮った。オブラートは消えてなくなるものでもある。私はすぐには変われないけれど、写真を撮り続けながら変わっていきたい。ある失恋をきっかけに、自分で何でもできるようになりたいと思って今日も写真を撮っている。
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菊池
私の写真に対する考え方として、表現自体を説明する必要はないと思っている。それは、一枚の写真が語ってくれるから。写真は現実の断片としてイメージを放つ。言葉で言い表せないもの、つかみきれないものを写真で表現したい。私は内向的な性格だと思うので、写真にもその傾向があるかもしれない。
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小野
写真を撮られたいという高校生がいて、それを撮りたいと思う私がいる。北は札幌から南は沖縄まで。メールをくれた高校生に会いに行き、写真を撮ってプリントして渡している。撮ってほしいという声に応えて、その人と真正面から向き合って写真を撮る。この一年間で多くの人と出会うのが楽しみ。
出品者全員のプレゼンテーションが終わったところで、全体的な印象を各審査員に語ってもらった。まずは、後藤さんが「今回の作品はなかなか良かった。切実な写真が多く緊張感があった。時代を切り開くような強い表現や、ある種の心理が写真というカタチになったものもあり、被写体を選ぶ目もある。みんなレベルが高い」と全体的に評価する。続いて平木さんも「展示を見る前はもっとユルいと思ったが、久々にいいテンションを感じている。自分の内面に向かっている写真が多いが、表現として空転していない。プレゼンテーションも面白かった。新しい次元が飛び出す予感さえしている」と手放しで賛辞をおくる。そして、2度目の審査となる小林さんは「写真を撮ることはすごく個人的なこと。みなさん、個人の思いをちゃんと伝えていると思う。10人の写真を見ることができて、うれしかった」と写真家として刺激を受けた様子。同じ写真家の石内さんは「前回の審査は6年ほど前。その時とは写真が随分変わったと思う。若い人たちの生き様か、個人的なことか。今回は女性の出品者のほうが写真の表現に対する考え方が柔軟だと思った。男性はちょっと硬い気がする」と女性優位の印象。最後に大迫さんが「全体的に個のイメージを表現した写真が多かった。少し前に比べると男性が台頭してきた」という印象を述べた。
「写真に何かが写っている」「これはもう最終兵器だ」
全体評に引き続いて一人ひとりに対する意見交換が行われた。最初にプレゼンテーションした須藤さんの作品について。平木さんが「非日常の積み重ねが日常なのではないか。写真はいいと思うが、展示はそれを並べるのはどうか」と言えば、小林さんが「日常と非日常という視点が正直なところ、あまりピンとこなかった」と疑問符。大迫さんも「日常の風景は誰のイメージにもあること。あえて日常を出して非日常と対比させる意味が感じられない」と同意見。「コンセプトでくくれないものを無理にくくろうとした展示だと思う。ポートフォリオはよかっただけに、展示は少し残念だった」とは後藤さん。石内さんは「展示作品が2点というのはマイナスだと思う」と展示点数に言及。次に、矢吹さんの作品について。後藤さんが「写真はいいと思った。しかし、本人が言う『人間を見せていきたい』というのは、どのくらい見せていけるのかが疑問」と表現と思いとのギャップを指摘。石内さんは「写真を撮るプロセスは好き。でも、作品としての完成度は足りない気がする」と物足りない様子。小林さんは「展示とポートフォリオは好きな写真。プレゼンテーションで本人が言っていた無宗教というのは言い訳っぽいが、キリストやマリア像の写真は強いと思う」と写真をストレートに評価すれば、大迫さんも「確かに強い写真だと思う」と同調。「写真はいいが、かなり風刺的な思いが強すぎて、シニカルな作品」と評価に困る。続いて頭山さんの作品について。開口一番「かなりイイです。この人は強く推したい」と絶賛する後藤さん。石内さんも「写真に何かが写っている。彼女の考えとか。展示した2点ともテライがなくていい。今後も見てみたい」と好印象を語れば、小林さんも「写真が感情に流されずに一歩手前で留まっている。何か穏やかな気持ちで見ていられない写真。力強い作品」と同じ意見。大迫さんも「2点だけの展示もうまかった」と展示も評価。一方、平木さんは「プレゼンテーションで聞いたように、そんなにドラマチックな日々なのかと疑いたくなるくらい」と笑う。金川さんの作品について。石内さんが「かなり面白い写真とプレゼンテーションだった。しかし、理屈はいらないと言いながら写真を説明しすぎていた」と苦笑い。小林さんも「本人が頭で考えているのがちょっと見えてくる」と指摘。後藤さんは「本人が考えていることとピントがあっている表現。確信犯的に撮っている人」と狙いは認める。「もう少し冴えがあればいい写真になる。頭で考えすぎていると思う」とは平木さん。大迫さんは「このモチーフを探すパワーはとてもすごいと思う」と素直に評価。青木さんの作品について。平木さんが「ポートフォリオは好きだったが、展示がよくなかった」と展示方法に苦言すれば、大迫さんも「ポートフォリオで選んだが、展示の印象が薄かった」と同意見。後藤さんは「やりたいことは良く解った。感じる力はある人だと思う。悪くはない写真だが……」と歯切れが悪い。「北海道に行って撮ってきたというが、もっと神秘的な場所もあったのでは」と平木さん。うつさんの作品について。まず後藤さんが「これはもう最終兵器だ。かなり来てるんじゃないか。」とテンションが上がり、石内さんも「圧倒的な存在感。今回の展示の中ではベストだと思う。これだけ見せることを意識しているのはすごいこと」とこちらも興奮気味。平木さんまで「ここまでやるのはエライなあ。新しい次元になりうる」と脱帽気味。小林さんは「ポートフォリオは力強いと思ったが、展示は今一つ解らなかった。頭の中の表現は見せなくてもよかったのでは」と冷静に語る。森川さんの作品について。「力があると思う。凄みがある作品」と後藤さんが言えば、平木さんも「オブジェとしても力があるね。撮っている写真とは別の次元を評価したい」と作品の力を評価。石内さんも「ポートフォリオとは逆の方向性を探っている点を評価したい」と同じ意見。「コラージュで展示の強さは弱くなっているかも」とは大迫さん。藤井さんの作品について。「うまい人だけれど、全体的に弱い印象」と石内さん。後藤さんは「狙って撮っているわりにはモチーフが少ない」と手厳しい。小林さんも「うまい人だと思うが、意外性が少ない写真。もうひとつ先の表現を見たいと思った」とモチーフに注文をつける。菊池さんの作品について。平木さんが「プレゼンテーションの語りはよかった。写真も一枚一枚しっかりしていた。意欲はすごくいい」と評価する。後藤さんは「よく撮れている写真だけれど、この先が見えない。本人が思っていることと写真が違うところがいい」と笑う。小林さんは「うまい写真なので、すぐにでも仕事できると思う」と言う。最後に小野さんの作品について。小林さんが「写真を撮るまでのプロセスが興味深い。写真は痛いところが見える」と言えば、
後藤さんが「被写体の選びはいい。しかし、雑誌の取材みたいで、作品としての評価を得られるかどうか疑問」と女子高校生というモチーフの難しさに触れる。石内さんも「モデルを探して撮るプロセスはさすが。ただ、高校生にこだわるのは理解できない」と危惧。平木さんは「もう一つ踏み込むものがないと表現としてどうか。もっと欲望を抱いてもいいのでは」とアドバイス的意見。
「もう異論はないですね」「『ひとつぼ展』初の……」
出品者全員に対する意見交換が終わり、いよいよ各審査員がグランプリ候補3名を選ぶことに。
今回は熟考する審査員もなく、5人ともすんなりと選んで発表。結果は以下の通り。
石内/頭山 うつ 森川
後藤/矢吹 頭山 うつ
小林/頭山 うつ 小野
平木/金川 うつ 森川
大迫/頭山 金川 うつ
これを集計すると、
うつ/5票 頭山/4票 金川/2票 森川/2票 矢吹/1票 小野/1票
うつさんが満票を獲得し、頭山さんが4票で続く結果に。この2人で決戦投票を行うか、結果通りでいいかとの大迫さんの問いかけに、審査員一同、結果に異論はなし。「それでは決定ですね」と大迫さんが言い「第26回写真『ひとつぼ展』のグランプリは、『ひとつぼ展』はじまって以来、会場に本棚を置いてアルバムを並べたうつさんに決定」と高らかに宣言。「本当に来たっ」と後藤さんが叫び、他の審査員からも驚きの声がもれた。超満員の会場内に拍手が沸いた。ここで、宇津さんが立ち上がり、「うれしいです。ありがとうございました。こうなったら、一年後の展示会場に内臓をぶちまけます。アルバム100万冊出展します。個展もよろしくお願いします」とあいさつして、会場をさらに沸かせたところで公開審査会は終了した。
「入ると思っていなかった」「キモカワグロ系が中心」
審査会後のパーティ会場で、次点ながら4票を獲得しあと一歩のところまでいった頭山さんに聞いた。「悔しいです。自分の中では写真も展示も満足しています。でも、悔しいです」と悔しいを連発して諦めきれない様子。2票を獲得した金川さんに聞いた。「悔しい。自分が思っている方向と作品が違う方向に転がってしまいました」とこちらも悔しさの中に冷静な自己分析。もう一人、2票を獲得した森川さんに聞いた。「思い通りにやれました。ただ、自分が思ったより審査員の評価は低かったですね」と言いながら結果には納得顔。1票を獲得した矢吹さんに聞いた。「自分の世界観を再確認できてよかったです。今の流れで撮り続けられれば楽しいです」と今後の抱負を語る。同じく1票を獲得した小野さんに聞いた。「悔しいです。この先の写真表現を考えていきたいです。これからも高校生を撮ることは続けていきたいですね」と悔しさを全面に出して答えてくれた。須藤さんに聞いた。「ポートフォリオを評価してもらって方向性の確認ができました。展示に関しては反省点があります」と今後の挑戦も約束してくれた。青木さんに聞いた。「仕事以外の写真を発表できたのは新鮮でした。あまり考えずに撮っていたので、しっかり撮りためてまた挑戦したいです」と次への意欲も覗かせる。藤井さんに聞いた。「これからも写真を続けていくヒントをもらえてよかったです。何かが足りないというアドバイスが印象的でした」とあくまで前向きに。菊池さんに聞いた。「正直、メチャクチャ悔しいです。もう一度、自分の写真の進む方向を考えます」と自分を見つめ直す。そして、前回に続いて出品して見事グランプリを獲得したうつさんに聞いた。「前回、女性の審査員がいたら結果は違っていたかも、と言いましたが正直驚いています。応募したときには、入選にすら入ると思っていませんでしたので。今回の展示は自分の弱点を補う作品にしようと心がけました。本棚とアルバムというアイデアは奇をてらった展示ではなく、写真を一枚一枚楽しんでもらいたいという気持ちからたどり着いた必然的な展示方法です。一年後の個展では、もっと人も撮って見せたいです。動物や作り込みも展示したいですね。それから、もちろん気持ち悪くて可愛くてグロい、キモカワグロ系がやっぱり中心です」と個展プランの構想まで披露してくれたうつさん。前回の出展ではギャラリーに訪れた女性からは絶賛され、男性からはゲテモノ扱いされたというが、自分なりに表現の間口を広げて突破した。その効果はてきめんだったようで、インタビューの後には数人の男性の友だちから花束をもらって記念撮影に笑顔でおさまる一人の女性フォトグラファーの姿があった。
<文中一部敬称略 取材・文/田尻英二>